タールを塗りたくった様な雲を見上げれば、空を引き裂く、とまではいかなくとも、十分に私の心に皹を入れる一羽の鴉の鳴き声。
水晶体にはタールしか映らない筈なのに、確かに確りと一羽の鴉が鳴いたのだ。

これから向かう場所にお前は何を求める。
と問われている様で、ともすれば私は大声で、
無神経で無関心の極まった場所、猥雑で俗世に染まり切った私にはこの上なく愛しい、そして安堵できる場所だろう。
と叫んでいただろう。
叫ばなかったのは、寒さで唇が戦慄いていたからだ。
冷たい空気が呼吸器官を冷やす度、反対に呼吸器官を焼く煙を欲した。

厚く重たい硝子の扉を、冷たい金属の取っ手と一緒に押しやる。
見慣れていた筈の風景は為りを潜め、眼鏡のレンズ越しで見る見慣れない風景は何と天井が低いと新発見をした。
けれども、この風景こそが在るべき姿なのかも知れない。

いつだって聞きなれた耳障りな音楽が流れ、通路まではみ出して売られる商品を避けながら通る。物欲をそそる安さを訴える文字を脇目にエレベータへと通路を進む。

それが当たり前、なのではない。
今目の前に広がる、静謐を保ち此程までに秩序を守る、この姿こそ真実。
カツカツとブーツの底を鳴らし、一端の支配者気取りでエレベータまで進む。
堅く閉ざされた扉は、釦を押せばすぐに開いた。

そう支配者は絶対なのだ。
何に優越を感じてるのか、気づけばそれは愚かな優越だというのに、その時の私はちょっとした夢を見ていたのだ。
支配者の気持ちに陥りながら、響くブーツの音に一人と勘違いさせられる。
犇めく人は有象無象だというのに、一人、と勘違いを起こしたのだ。
そして、沈黙を保つ静謐の秩序が私に甘い夢を見させた。
夕刻に襲う黄昏時のように、早朝の冷えた空気はそれを彷彿させるのだ。

様は莫迦と云う話。

コメント

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

まだテーマがありません

日記内を検索